
人生における成功とは何でしょうか。高年収、大きな資産、あるいは家族との平穏な時間?今回話題になっているのは、築30年のマンションで独り暮らしをする68歳の男性、高木さん(仮名)のエピソードです。彼は現役時代、徹底した「節約家」として知られ、老後には7300万円もの資産を築き上げました。しかし、彼は今、深い溜息とともに「自分は何も持っていない、空っぽだ」と語ります。
この衝撃的な告白は、現代社会における「お金と幸福」のバランスについて、私たちに重い問いを投げかけています。
高木さんの資産形成術は、驚くほどストイックなものでした。バブル全盛期であっても、周囲の華やかな消費には目もくれず、毎日弁当を持参し、服は10年以上着倒す。飲み会や旅行の誘いも、「忙しい」と嘘をついて断り続けてきたといいます。その理由は「会費の数千円がもったいなかったから」。
彼は「家族を持ってお金のない老後を過ごす」リスクを極端に恐れ、結婚という選択肢さえも排除しました。給料の半分以上を貯蓄に回すことで得られる「安心感」だけが、彼の人生のガソリンだったのです。しかし、68歳になった今、彼は気づきました。自分の心の器は小さく、お金以外のものを入れるスペースがなかったことに。それは賢明な節約ではなく、単なる「人生への臆病」だったのかもしれない、と。
このニュースに対し、ネット上では冷ややかな反応も目立ちます。
一方で、高木さんの生き方を肯定する声も一部には存在します。「幸せになろうだなんておこがましい。餓死しないことが重要であり、7300万円あれば衣食住に困らないのだから最高ではないか」という意見です。確かに、老後破産が社会問題化する中で、これだけの資産があれば物理的な不安はありません。貯金そのものが「趣味」であり、通帳の数字が増えることに喜びを感じていたのなら、それはそれで一つの充実した人生だったという見方もできます。
しかし、高木さん本人が「後悔」を口にしている点が重要です。お金は「使う」ことで初めてその価値を発揮する道具に過ぎません。若いうちにしか経験できなかったこと、築けなかった人間関係を犠牲にして積み上げた数字に、彼は虚しさを感じているのです。
余談ですが、この記事のタイトルに「高木さん」とあることから、一部のハロプロファン、特に高木紗友希さんのファンが過剰に反応する一幕もありました(もちろん、記事の男性とは全く無関係です)。アイドルのファンもまた、イベントやグッズに多額の資金を投じる「消費のプロ」です。彼らからすれば、高木さんのような「お金を貯めるだけの人生」は対極にある存在かもしれません。
「自分は幸せだ」と思える基準は人それぞれですが、高木さんの物語は私たちに教えてくれます。お金は目的ではなく、あくまで手段であるということ。そして、人生の最後に「空っぽだ」と感じないためには、適度に「浪費」し、人との繋がりという目に見えない資産を蓄えることが、最も効率的な投資なのかもしれません。
築30年の分譲マンションに一人で暮らす高木孝宏さん(仮名・68歳)。通帳と証券口座に記されているのは、計7,300万円超という大金です。しかし、それを誇ることもなく、深い溜息をつきます。
「通帳の残高や証券口座の含み益が増えるのが楽しみでした。でも、いざ老後を迎えてみると、実は『何も持っていない』――空っぽだと気づいたんです」
高木さんは大学卒業後、中堅の商社に勤務。現役時代は絵に描いたような「節約家」でした。60歳で定年を迎え、その後は嘱託として65歳まで勤務。現在は年金月16万円と、資産運用による配当だけで十分に生活できる状態です。
高木さんが資産形成に目覚めたのは、20代後半の頃。バブル景気に沸く周囲が、海外旅行や高級外車に興じているときも、彼は変わりませんでした。毎日弁当と水筒を持参し、洋服は10年以上着倒す。趣味は図書館での読書と銭湯通い。
「旅行やスキーに誘われても、『忙しいから』と嘘をついて断り続けました。会社の飲み会も『下戸なので』と……。会費の数千円がもったいなかったんです。当時はそれが正解だと信じて疑いませんでした」
また、高木さんは結婚もしませんでした。
そのチャンスがないわけではありませんでしたが、「家族を持ってお金のない老後を過ごす」よりも、「一人でいれば、給料の半分以上を貯蓄に回せる」という安心感を優先してしまったといいます。
「うちは実家が裕福じゃなかった。それをいつまでも引きずっていた。心の器があまりに小さく、お金以外のものを入れるスペースもなかった。それは『節約』ではなく『臆病』だっただけなのかもしれません」
https://news.yahoo.co.jp/articles/0683c9045f9c4b6decb7fcd8b225e0f4d851e922